選手列伝 Vol.44 嶋田 誠也選手


嶋田 誠也 109期

しまだ まさや


BIG HITでいつか競輪界を釣り上げる


師匠は永田隼一選手95期

父は嶋田誠氏41期引退


趣味は釣りで川も海も攻めるオールラウンダー


脚質は昭和を受け継ぐ根性地脚


スポーツ歴は小学1年生から3年生まで水泳、3年生〜5年生の前半は実戦空手、5年生後半から高校3年間はバスケットボール

空手は県大会2位になることが出来たが、決勝戦であたった全国大会レベルの相手との実力差に驚愕し挫折しバスケットボールに打ち込むことになる。

バスケットボールは中学生時代市内大会では2回戦までしか勝ち進めなかったが個人の実力は高校のスカウトの目にとまるほどの実力で、有名な進学校のスポーツ推薦を受けることになるも、本校の受験動機を書けという作文テストにバスケットへの熱い思いのみを書き連ねるという持ち前のナチュラルを発揮しすぎ不合格。

それならばと、福岡県で一番の強豪校である福岡第一高校を実力で受験し合格、バスケットボール部に入部苦しい3年間に突入した。

1年生の間は周りとの実力差に食らいついて行くのがやっとで2年生の時は腐りそうになるも父の引退レースを見たことがきっかけで奮起、頑張りに頑張って試合に出場できるまでになった。

しかし、本人の中では全てやりきれなかったという思いが残ってしまった3年間で不完全燃焼だったそうだ。

そした、進路を考えた時、多くのファンの熱狂の中でレースを繰り広げ引退していく父親の姿が強烈に印象に残っていて自分もこの道を歩んでみたいと思い競輪選手への道を選んだ。

高校卒業後、すぐに101期適性試験を受験も不合格、その後技能試験に切り替え父親とマンツーマントレーニングを続けたがタイムは伸び悩み中々合格できなかった。

そんなおり、空港チームの練習に参加するようになり、そこに来ていた永田隼一選手が一番自分に厳しい練習を課していて且つ一番厳しそうだったので、弟子に志願し面倒を見てもらうようになった。

とても厳しい練習で苦しかったが、二度目となる109期で見事合格できた。

学校時代は、前半目立つことはなかったが、練習での走行距離は1位で2位は林大悟だった。

そして、競走訓練での積極性が滝澤校長の目に留まりT(滝澤)教場でトレーニングすることとなり、在校成績は7位で卒業記念レースは決勝3着という結果を残した。

デビュー後は、チャレンジ戦を特別昇級するも度重なる落車で、鎖骨、肋骨などの骨折に苦しんだが、持ち前のガッツでS級への昇級をもぎ取り奮闘を続けてきた。

2022年現在はA級に降級中。

だがこれまであらゆる困難を駆け抜けてきたその目には再び上昇するべく不屈の闘志が燃え滾っている。

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